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嚙む事ができる幸せ
去る5月11日、父親が90歳で他界しました。 2年前に肺炎を起こし、3ヶ月の入院の後、要介護4で特別養護老人ホームに入居しました。 上顎が総義歯、下顎が部分義歯でしたが、自宅に居る時は、肉(ステーキ)から魚まで 何でも食べることが出来ていました。 ところが、入院先からそのままの施設入居でしたので、家族の意向ではなく、誤嚥の危険性があるとの施設の方針で、食事は刻み食となってしまいました。 嚙む必要が無くなることが、いかに人としての機能や代謝を衰えさせて行くのかを、 直視せざるを得ない、現実となりました。 誰も責められないし、かと言って、家族が担う事も出来ません。 各々、毎日の小さな努力による、健康長寿を全うするしかないようです。


タラントのたとえ
『タラントのたとえ』とは、新約聖書の教えです。 ある主人が能力に応じて、じもべに財産(タラント)を預けて旅に出かけた。 一人には5タラント、もう一人は2タラント、最後の一人には1タラントを預けた。 (1タラントは現在の貨幣価値で1億円) 一人目と二人目のしもべは、それぞれに商売をして、タラントを倍に増やし、 主人から褒められた。 最後のしもべは「主人は恐ろしい方だ」と、地面に埋めてそのまま過ごした。 主人はしもべを𠮟り、1タラントを取り上げて、商売で増やしたしもべに渡した。 タレント(能力、才能)の語源となるタラントを活用せよ、との教えですが、 1タラントのしもべは、何故、地面に埋めておいたのかを、考察すると 自分に与えられた才能が好きではない、もしくは、理想の自分と、現状の自分の ギャップを受け入れられない、問題を抱えていると思われます。 自分という存在で生きること、これが最も大切なことではないでしょうか。


謝る勇気
自身の過ちを認めて謝罪することは、とても勇気のいることです。 社会を見回してみても、素直に謝っていたらなら、と思うことが多々あります 謝った結果、失うものはいつか、取り戻すことが出来ると思いますが、 謝らなかったために、失うものは決して、取り返せないと思います。 謝罪は、やり直すための、第一歩ではないでしょうか。 謝罪会見の「ご迷惑とご心配をおかけしました。」の定型句に、 個人的には、違和感を憶えます。 「ご心配」?ではなく「信頼を損なう結果となりました。」と言い換えた方が、 謝罪への覚悟が感じられます。 皆さんはいかがでしょうか。


ホームページを作成致しました
こんにちは。有限会社CASTの北山です。 この度、新しくホームページを作成致しました。 私たちのことをよく知ってもらうように、定期的に更新をしていきたいと思います。 これからよろしくお願い致します。
CAST 有限会社
2024年8月6日
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